IB早稲田ユーカリが丘日記 『放任と放棄』

  • 2010年6月 4日(金) 18:40 JST

私が20代前半の時の上司は、部下を放任する放任主義でした。他部署のGM等に「オレは部下を放任しているから」と良く℡で話していました。合わせて「部下を信じているから放任なんだ」とも言っていました。

「指示待ち人間」という言葉を良く聞きます。指示がなければ動けない、そして動かない。このような人は、「今、何が足りなく、何が必要か」考える習慣がないと思います。だから、自分が「指示待ち」ということにさえ気づいていないような気がします。指示待ちの人がいたら、まずは、「自ら目標を決め、実行する」訓練をさせる必要があるのではないでしょうか。指示待ちは上司の裁量で大きく変わることでしょう。

ちなみに、その時の上司は放任と言いながらも、しっかりと怒り、フォローをしていました。なによりも、離職率が高い会社でしたが、離職者が出なかったです。課員が同じベクトルを持ちお互いに助け合って仕事をしていました。

放任放棄は同じようですが、放任は自由でありながら見守って育てることであり、放棄は自由であり、かつ無関心なことです。

それとは別な考え方が、管理過保護が当てはまると思います。管理は相手に裁量権は与えますが、全ての行動を把握します。過保護は全てにおいて管理をします。

教育関係で働いていると、「放任」と「放棄」、「管理と過保護」何が1番よいのか考えてしまいます。年齢・性格にもよるかと思います。「何から何までお膳立てしないと勉強しない生徒」「自ら進んで問題集を解いてくる生徒」「ちょっとでも目を離すとサボる生徒」・・・

保護者が塾に求めているのは様々です。やはり1番多いのは「成績を上げて、志望校に合格する」ことです。最近の子供達を見ていますと、「過保護なくらい過保護に」勉強計画を一緒に作り手取り足取り指導をする事が目標達成に1番の近道のようにも思っています。

しかし、目標達成のためにはこれでよいかもしれませんが本当にこれでよいのか・・・自問自答です。

先生も生徒も大人にならないといけない問題のように思えます。